2006年09月28日

生きていました。

さて、昨晩の話です。
彼は私と話するほど、自分自身どうしたらいいのかわからなかったのでしょう。
お風呂も別々に入りました。
夜の落ち着いてる時間に・・・
私は話そうと思ってましたが彼はにげるように寝室へ。
みるきぃやジェニーから迎えに行こうか??っと何度か電話がありました。
耐えてみよう。

その気持ちが失敗のもと。
彼に「いってらっちゃい」もいえず、眠りました。
原因はODです。
「生きてるんだ私。」
そう思うと本当に複雑です。
彼から
「ごはんありがとう」っと
「どんなことがあっても意思を強くもたなあかん!皆生まれてくるときは同じなんだから。これができるはずらろ。これから咲先も薬を飲みすぎないこと」っとめーるがはいっていました。

それでもの今朝もODしてしまいました。
彼と別れてから死んだ方が彼に残る後遺症も少ないよね。

だからホントは昨日の夜にそんな話を直接したかった。
posted by donguri_mt at 11:34| 奈良 ☀| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

つらい待ち時間。過食。

なんとかmilkに電話をして、その力を保ったまま、
病院へ向かうことにしました。
ふらつきながら原チャに乗ることに。
場所はだいたい解っていたのですが、やはり慣れない奈良の町。
迷いに迷いながらようやく病院へ到着。

その病院は小高い山の上にあり、見晴らしがとてもよさそうでした。
でも、そんなの見てる余裕がありませんでした。

受付を済ませた後、待合室にいたのですが・・・
さすが精神科とあっていろんな方が居ます。
常連さん?っといっては失礼なのかもしれませんが
何度も病院に来ているのでしょう。主のような方達が大声で笑って話をしています。
私はそこにつくまででも相当の頭痛と、新しい病院への不安。
そして耳に入る、彼らの会話・・・
私が行っていた心療内科は確かにみんな常連さんです。
お年寄りの多い病院のためヘルパーさんに付き添われて来られる方ばかりです。ですので、比較的に静かで聴こえるのは看護婦さんの声だけでした。
私はこの精神科の待合室は耐えれませんでした。
もう涙がポロポロとでてき、座ってられません。
誰が看護婦で、誰が受付の方で、、、っというのも解らず、
ヘルプを出すことができませんでした。
「もうだめ!!帰りたい!!」
その気持ちでいっぱいになり、外の空気を吸いにでました。
それでも落ち着きません。
受付の方に泣きながら、「後何番目くらいですか??」っときくと
「もうすぐです」っとあっけなく。
精神科の受付なだけあって、私の耐えれないほどの気持ちはわからないのでしょう。
泣いてる間に看護婦らしき方も何度か通りましたが、声をかけてはくれません。
私は声をかけてもらうのを待っていたのでしょう。

外の風を受け、なんとか落ち着け、落ち着け・・・・
っと思うものの、涙はとまりません。

ようやく私の番になりました。
初診は嫌です。なんで同じ事を何度も何度も言わなきゃいけないんでしょうか??紹介状に大体の経緯は書いてあるはずなのに。
それに、ここ数週間の様子はここのブログを渡し、理解してもらおうと思いました。
とても熱心で良い先生のような気はしましたが、横に研修医生と思われる方がぼーっといてたこと。看護婦が「まだ終わらないの??」っといった顔で見ていること。
私が涙を流しても何一つ言葉をくれない。
ましてや、診察室の扉が開きっぱなしなのです。
確かに、待合室と診察室の間には、薬局があり声は聞こえないでしょうが・・・私としてはとても嫌な環境。
診察室の中も、以前痴漢にあったときに行った大阪府警の取調室のように、薄暗く、先生が吸ってるであろうたばこがおいてありました。
散らかった机が3つほど。
かばんを置く場所もなく荷物を抱えたまま診察です。
心療内科との違いに本当にパニックです。
私は無気力に、「はい」「はい」「ちがいます」
それぐらいの言葉しか発せられません。
それでも30分近く時間をとって話をしたのですが、
「試してみたい薬はいろいろあるけどねぇ」っと。
私「経済的にも仕事がしたいので、昼動けるようになりたいのです」
先生「とはいってもあなたが夜に眠っている間に取れる疲れはその日一日分だけなのです。経済的な面と言われると私もなんとも言えませんが、昼寝をおすすめします。そこで積み重なった心の疲れを徐々にとっていくのがいいのです」
私はこの言葉だけ、この先生は良い先生だ。っと感じました。
この事を彼に伝えて、理解してもらわなきゃいけません。
先生「家事も本当はしんどいんでしょ??できればそれもお休みしてほしいぐらいです。でもあなたは責任感が強いから今は家事が大きな仕事ですね」
っと。
本当は良い先生なのかもしれませんが、私には心療内科が合っているようです。

今、milkと電話をしていました。
「よくがんばったね」っと言ってくれました。
私はmilkに育てられて本当に幸せに感じます。
親が離婚してしまった子はみんな不幸なんじゃないんです。
私のように、親離婚のおかげでスタートが切れた人間もいるんです。
私が成人になるまであと5年、milkが父といたら、間違いなくmilkは重いうつ病になっていたんじゃないかと思います。
私が15歳になるまで、苦しいこと、悔しいこと、辛いこと、いっぱいあったよね??
ゴメンネ。そんなmilkを一度は嫌ってしまって。

今日milkにお話した話の一部です。
私の症状が悪くなっていった時、私は彼に
「きっとmilkもうつ病だったと思う。昔、父も会社で大きなストレスを受けたと聞いたことがある、ジェニーは不登校だった、みるきぃは心のバランスをうまくとれない人だ」って話しました。
彼は両親と28歳まで一緒に暮らし、自分の行きたいように私立の高校に行き、なんとなく興味のあった専門学校に行きました。
すべて言葉は悪いですが親のスネをかじっていたのです。
それとは正反対の私の家族。
・気付けばみるきぃは父とケンかばかりで家にいなかった
・ジェニーは不登校で昼夜逆転生活
・おなじように私も不登校
・それを怒ることは無いmilk
・高校に入って、家に帰ることが無くなった私
・それを怒ることは無い父
彼から見たらその家庭環境が今のお前につながっているという。

私は素晴らしい両親の元で育ちました。
それを否定されたのはとても辛いことでした。
でもね、milk!!本当に私はあなたの子供で幸せだよ。
今も離れてても支えになってるからね。
かならず彼にもソレを納得してもらうからね。


話は戻って。
彼が帰ってきました。
泣きながらベットで電話をしていた私に、「また寝てんの?」
そうじゃなくても今日はイッパイイッパイの私にこの言葉は突き刺さりました。
彼「病院いったん??どやった??」
私「やっぱり前のとこがいい。(その後上に書いた内容をいいました)」
彼「待合室で泣いたン??どんなけ泣くねん」
 「そんなんも我慢できんでどーするねん。それぐらい我慢しろ。」
私の我慢も限界です。
私「我慢ってね、外に出るのもどんだけしんどかったと思う??
  どんなけあの待合室から逃げたかったか。私だってどうすればいいのかわかんないの!!」
そのまま床に座り込んでしまいました。
無言の時間が流れます。
彼「明日病院でちゃんと全部言って来いよ」
っと彼は言い残しご飯ができるまでテールランプの修理に行くと家を出ました。
彼も混乱して、ひとりになりたかったんだと思う。
その後、milkにもう一度電話をしました。
私「今夜はジェニーのとこに行こうかと思う。離れた方が彼もおちつくだろうから」
milk「彼も一生懸命受け止めうようとしてるから一緒に居たら??」

彼が帰ってきました。
今夜はジェニーの家で一日大泣きをしたい気分です。
彼の前で涙を流せば「またこいつ泣いてる」きっとそう思うでしょう。
だったら離れた場所で泣いてる方がいい気がして。
たまにはお酒飲みながら私も吐き出したい涙を全部ながしたいんです。
車を使うわけにもいかないし。
でも。この奈良の町で一人過ごすのは正直しんどくてたまらない。

私「学童保育のような場所で働きたい」
彼「学童保育の仕事は職安に行けばきっとあるけど、行けるのか?」

行けるのか・・・私にもわからないけど。閉じこもった生活に対して苛立ちを感じてるのはあなたでしょ。

彼「毎日ねーちゃんにきてもらったらいいやんか」

近い距離に住んでるわけじゃないんだからそんな事できないでしょ。

今夜は薬も飲みたくない。っというより寝たくない。
本当にもう苦しいんです。生きていくのが。
私がこんな病気で生きているせいで周りの皆に迷惑かけてるんです。
彼に大きな負担をかけてるんです。

今から彼のお弁当を作らなきゃいけない。
でも、本当はベットで横になってたい。
ううん。大阪に行きたい。
彼がもうこれ以上受け入れられないのなら、今すぐ離れた方が絶対に楽なんです。
彼にとっても荷物が減るんです。
もうどうしたらいいかわかんない。
誰かの助けがほしい。
なんでこんなとこに住んでるの??
もういやだよ・・・・
しんどい
posted by donguri_mt at 20:56| 奈良 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今朝もだるい。

おはようございます。
今日は珍しく6時の一回目の目覚ましで目覚めました。
過食が始まってるせいか、すぐにごはんを食べ(彼のお弁当の残り物)ブログをうっています。
今朝はなんとしても病院にいかなくちゃいけないので、薬を
パキシル 2錠(ほんとは夜に2錠だけど・・・・)
デパス  1錠をさきほど飲みました。
点滴とは違って効き目がすぐに伝わらないから怖いけど、
なんとか今はまだ座っていられます。
寝転がったら確実にアウトですが・・・
今もベットにもぐりたくて仕方ありません。涙も出てきそうだし。
あまりに早い朝食のため胃も痛くなってきてます。
彼を起こすまであと10分。
そこから彼の出発までの10分勝負が始まります。

夜も7時を回ると元気になるのに。どうしてかなぁ。。。
それまでの時間は何にも考えられないけど、マイナスな事だけが頭をよぎる。
今日は夢もいっぱいみました。
ってことは熟睡できてないんですね。とほほ・・・

早く波が変わってくれたらなぁ。

dear namaさん

コメント有難うございます。
ホントに次の病院はどうなんでしょうか??
不安ですがなんとか向かうだけでも一歩前進でしょう。
だから今日はがんばりますね。
namaさんもまた眠れないようですが、ゆっくりお昼間過ごしてくださいね。

dear milk

父からの言葉はしっかり受け止めて、経済的にホントにピンチなときは
助けてもらいます。
milkが新婚の頃、父を甘やかしてしまったこと。
私にもその気持ちはわかるような気がする。
うちも彼を間違いなく甘やかしているので。
その分、今は甘えてるけどね。
それでも父は少し成長したのかもね。良い事だよ。
心配かけててごめんね。
夜になったら気力復活するから。
昼に連絡が無いときは「死んでるな・・・」って笑っててください。

さぁ、彼がお目覚めです。
10分勝負、まずはバナナジュースを作って来ます!!
posted by donguri_mt at 06:49| 奈良 ☁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今朝もだるい。

おはようございます。
今日は珍しく6時の一回目の目覚ましで目覚めました。
過食が始まってるせいか、すぐにごはんを食べ(彼のお弁当の残り物)ブログをうっています。
今朝はなんとしても病院にいかなくちゃいけないので、薬を
パキシル 2錠(ほんとは夜に2錠だけど・・・・)
デパス  1錠をさきほど飲みました。
点滴とは違って効き目がすぐに伝わらないから怖いけど、
なんとか今はまだ座っていられます。
寝転がったら確実にアウトですが・・・
今もベットにもぐりたくて仕方ありません。涙も出てきそうだし。
あまりに早い朝食のため胃も痛くなってきてます。
彼を起こすまであと10分。
そこから彼の出発までの10分勝負が始まります。

夜も7時を回ると元気になるのに。どうしてかなぁ。。。
それまでの時間は何にも考えられないけど、マイナスな事だけが頭をよぎる。
今日は夢もいっぱいみました。
ってことは熟睡できてないんですね。とほほ・・・

早く波が変わってくれたらなぁ。

dear namaさん

コメント有難うございます。
ホントに次の病院はどうなんでしょうか??
不安ですがなんとか向かうだけでも一歩前進でしょう。
だから今日はがんばりますね。
namaさんもまた眠れないようですが、ゆっくりお昼間過ごしてくださいね。

dear milk

父からの言葉はしっかり受け止めて、経済的にホントにピンチなときは
助けてもらいます。
milkが新婚の頃、父を甘やかしてしまったこと。
私にもその気持ちはわかるような気がする。
うちも彼を間違いなく甘やかしているので。
その分、今は甘えてるけどね。
それでも父は少し成長したのかもね。良い事だよ。
心配かけててごめんね。
夜になったら気力復活するから。
昼に連絡が無いときは「死んでるな・・・」って笑っててください。

さぁ、彼がお目覚めです。
10分勝負、まずはバナナジュースを作って来ます!!
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2006年09月26日

本当に良い医者です。

今朝も結局彼を送った後、動けません。
でも過食になっていて、朝からすごい量のご飯を食べました。。。
プラスお菓子です。
ホントにこれは危険!!
起きて居るのがとても辛いんです。それを紛らわすために食べるんです。
食べれない時期が嘘のよう。あの時の方がまだまし。
もともと太り気味の私。せっかく痩せたのに昔の姿に戻るんじゃないかとかなり焦ってます。
少しネットをしたあと、やっぱり眠りました。
ベットの中に居るのが本当に幸せです。
この瞬間だけ生きているって感じるのです。

でも、目が覚めたらアウト。頭痛と過食での胃痛。無気力。
今朝は病院に行かなくちゃいけなかったのに、結局断念。
「午前中に昨日いけなかった銀行周り・病院に行くこと」
彼からの課題でしたが、
お昼の彼からのメールで起こされました。。。

午後からでも病院に行こうと思い、ネットで行きかたを調べていたら(以前は電車で行ったけど、今回は電車に乗る勇気が無かったので原チャで行こうと試みて。。。)紹介していただいた先生は午前のみの担当。
すぐに、かかりつけの病院に電話で問い合わせたところ、その先生はやっぱり午後は居ないとの事でした・・・
っとなると次にいけるのは土曜日になるんです。
土曜日だと彼といけるので安心ですが、土曜日まで私はベットの上の生活をしなくちゃいけないのかと思うと、それこそまた彼に「重症だ」っと思わせながら家の扉を開けさせてしまいそうで・・・
それだけは避けたい。
そう思い、もう一度かかりつけの病院に電話をしました。
「明日なんとかいける病院は無いですか??少し遠くてもかまいませんので」
そういうと、先生が、「わかりました。すぐに当たってみますので安心してください。あなたの気持ちがよーくわかります。大船に乗った気持ちで少し待っていてね」っと。
本当に良い先生です。彼の紹介で行くことになったこの病院。
内科がメインにもかかわらず、私のことを一生懸命回復へと導いてくれたのです。しかし、悪化してしまった私。悔しい。
数分後先生から電話がありました。
先生「私の提案なんですが、もう一件おすすめのドクターが居ます。そこはあなたの家からも近いのですが、古い診療科なんです。それでもかまいませんかね??ドクターにはあなたの症状、すべてお話して有ります。いかがでしょうか??」
私「かまいません。ありがとうございます。そちらに行ってみます」
先生「ではもう一度診断書だけとりにこれますか??まだ体調は悪いですか??」
私「はい・・・ベットから出れません・・・」
先生「大丈夫、安心して。もう少しそのままでいていいですよ。病院が開いてる時間に取りに来てください。少し外の空気を吸いましょうね」
っと。うーん・・・ホントに親切です。
5時頃にもう一度先生から連絡がありました。
先生「体調はどうですか??診断書の準備は整ってますので、お好きなタイミングでとりにきてくださいね」
その後、少し横になったまま過ごし、6時を回ってからようやく身体を起こすことができました。
ふらふらと原チャで病院に向かい、診断書を頂きました。
先生は忙しそうだったので、受付の方にブログのコピーを渡し、帰ることにしました。
受付の方にも「大丈夫??明日は行けそうですか??」っとやさしく声をかけていただきました。
良い病院を紹介されたものです。
地元の心療内科がいかに私にあっていなかったのか・・・。感じさせられます。

そんなわけで、明日家からホントに近くの精神科に向かいます。
近くてよかった・・・
とにかく朝から夕方までベットとお友達生活をなんとかしなければ。
今こうしてブログが打てるのが嘘のよう。
彼が帰ってくるまで「ぐてぇぇーーー」っとしていたので。

今日の彼からの一言です。
「そんなに熱心にしてくれる先生はなかなかいないぞ。お歳暮でお返しするんじゃなくて、お前の元気な姿でお返ししてあげないとな」って。
「うんっ」
ホントにその通りです。
私の周りで手を貸してくれているみんなに、笑顔でお返しにいかなきゃいけませんね。

今日は父と連絡を取りました。
さすがの父も「体調が悪化してる」っというとかなり心配の様子でした。
「仕事もいけにけど、休職出して地元で働かないと経済的にしんどい」っというと「今は仕事は忘れろ。なんとでもなるから、身体が一番やぞ」って。
F1の日本グランプリには、彼も一緒に行くので、その時だけは元気な姿を見せてあげたいです。

保健所に精神医療控除や住民税の控除、他にも国の支援がきっとあるだろうから申し込まないといけないけど、なんにせよ一人で朝動けないものだから、誰かの手を借りたい気持ちでいっぱいです。

明日は朝、動けるといいな・・・
posted by donguri_mt at 22:46| 奈良 ☔| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっと落ち着きました。

今朝から、ひどい頭痛に無気力。
食欲は最近旺盛で過食気味。
ちょっとこれも気になる。今まで食べれなかったのに。
食べれるのはいいことだけど、過食のような気がする。
少しネットをした後、ダウンでベットへ。

「昼に銀行に行くこと」
彼から与えられた、今日の課題でした。
しかし、12時を回っても身体は動かない。
彼から何度も連絡が来る。。。何度目かの電話をようやく出ることができた。
私「しんどくていけてない・・・すぐに行くから」
彼「寝てたの??」
私「うん」
彼「眠くて寝てたの??」
私「うん」
彼「それならいいけど、だらだら寝てるのはダメだよ」
そんな会話をした後、重い重い身体を起こして銀行へ。
彼の課題すべてを周る事もできずに、家へ。
ここでおなかもすいていないのにスナック菓子を食べてしまった。

今日は薬が一粒も余ってないのもあってかなりの頭痛。
ベットへまたもぐりこんでしまった。
涙が止まらない。急に不安になってくる。
パニックになり、milkへメール。
すぐに電話をくれた。
私は一人で病院に行ける気がしなかった。
病院で今の状態を話すのが嫌だった。悪化してるから。
だから誰かに代わりに言って欲しくてmilkにヘルプをかけた。
でも、milkは仕事中・・・それに、昨日彼に言われた
「甘えるのだけはダメ」
の言葉が頭をよぎってしまう。
もしかしたら、ここでmilkにヘルプを出すのは甘えなのかも。
助けてもらいたい気持ちを押し殺して、電話を切った。

病院の時間は4時半。でも身体が起き上がらない。
結局7時に向かうと電話を入れて、もう一度眠ることに。
寝ている間は、確かに嫌な夢は見るけど、夜と違って昼寝はなんだか現実を見ないで済むからとても楽になる。
あたからみれば、「ぐーたらもの」にしかすぎないけど、今の私にはこの「昼寝」しかできない。
6時頃目が覚める。
家事をしていない事に焦りを感じおもむろに掃除・食事の準備をした。
頭痛はピークに達していた。
外に出るのが怖い・・・
でも病院に行かなきゃ薬が無い。
彼の仕事が定時に終わったら連れて行ってもらおうと考えたけど
忙しいようで、彼から連絡が無い。
重い重い身体を起こし原チャで病院に向かうことにした。
その途中の道のりはあまりのパニックと頭痛で覚えてない。

病院についてしばらくはだまって待っていたもののもう座るのもしんどい。
涙がこみ上げてくる。
最初に血圧と症状を言うために看護師に呼ばれた時にはもう涙が止まらなくなっていました。
すぐに安定剤の点滴をしてもらい、看護師さんと話をすることに。
いつもと担当の方が違い、すごくやさしく話を聞いてくれました。
土日辛かったこと、「死にたい」と思ったこと・・・・
一緒に看護師さんも涙を流して話しを聞いていただき本当に楽になりました。
「一日が終わって眠るときに、今日も一日生きれたんだ。こんなにしんどいのに生きれたんだ。よくがんばったね」
そうやって自分を褒めてあげていいんだよ。仕事に行く事だけじゃない。
あなたの今できることは「生きること」それさえできたら自分を褒めてあげなきゃだめだよ。責めちゃダメ。
そういわれました。
そのとき、「私は生きてるんだ」っと感じることができました。
そして、「生きなきゃいけないんだ」っと強く思いました。

まもなくして彼が心配して病院にやってきてくれました。
涙を流しながら点滴を受ける私を見て彼は参った顔をしていました。
「お前がしんどいのは十分わかる。そんなお前を見てる俺もしんどい」
彼の一言でした。
彼自身かなり参っているのは今日の様子から伝わります。
土日の不調に加えて、この様じゃ彼も参って当たり前でしょう。
ごめんね。

点滴を終え、彼と主治医の元へ。
「この病気はどうしても波がでてきちゃうからね、自分を責めちゃって余計に悪循環になってるんだね。。私もできる限り責任を持ってあなたの回復に努めます。ですが私一人の力ではあなたを元気にできないので、もう一人、専門の先生の手を借りましょう。入院も考えたほうがいいです。」
私の通っている病院は「内科」がメインなのでカウンセリングなどはないため、心の根本的な痛みを和らげることは薬の治療でしかできないのです。
それでも主治医の先生は開院前にゆっくり話す時間をくれていたのですが。
この下降は私自身一番に感じてます。
カウンセリングの必要性も強く感じていました。

明日、紹介された病院に行きます。
以前もその病院を紹介され、言ったのですがそのときの先生とはまったくあわず、とてもつらい思いをしたので、正直行くのはとても不安です。
でも、このまま昼寝の毎日を過ごすのも時間がもったいないので。

この大波は本当にきついです。
今も頭が痛くてたまりません。
明日はここでの日記を病院に提出する予定です。

私の本格的な治療のスタートになりそうです。

入院だけは経済的にどう考えても無理なので、そうならないように
なんとかしないと。
本当は入院が一番手のような気もしてます。
一人で家にいて何もできないでいるほどつらく自分を責めてしまう時間はないから。
この町に引っ越してきて、彼と住む。それは幸せです。
毎日起きれば彼がいる。
それでも彼が会社にいってしまうとひとりぼっちです。
こっちで仕事をしていたわけでもないので友達もいない。
家族とも離れた場所に住んでいるのでそう毎日呼ぶわけにはいかないし。
彼のお母さんと会うのもいいかもしれないけど、逆に疲れも同じだけぶつかってくると思う。

とにかく今の私には何の判断もつけられません。
決断できないのです。

明日、どこまで進むことができるのか不安です。
posted by donguri_mt at 00:37| 奈良 ☁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

「死にたい。。。」彼が変わった。

土日と、波乱になってしまいました。

相変わらず、体調の悪いまま、土曜日重い身体を起こしました。
彼よりも少し寝坊です。
天気が良かったことから、彼の親友一家とバーベキューに昼から出かけることになりました。
頭痛がひどい・・・身体が重い・・・
親友の家に向かう途中もぼーっと気力のわかないまま助手席に座っていました。

親友と合流後はなんとか元気に振舞おうと一生懸命に笑いました。
いつもなら、かわいくて仕方ない、親友の1歳の息子さんも今日は見るのがとても辛い。見てるだけで涙がわいてくる。
それでも川についてから、ずっとずっと笑うように・・・笑うように・・・
バーベキューが終わったあと、影で涙が押さえきれずに泣いていました。

親友を家まで送った後、彼は疲れがでてきたようだったので、
運転を交代し、家に向かいました。
その途中。彼が眠りに入ったぐらい、私の涙は抑えきれなくなり
涙が止まらず・・・そのまま運転をするのは怖かったけど、それでも家まで運転。途中、交差点で車が急に入ってきて事故になりそうでした。
彼が横からさっとハンドルを回してくれたので助かったものの・・・
泣きながらの運転は本当に危険。

家について、リビングに座り込んだ私を彼は抱え上げ、
「少し寝て落ち着こうね」っとベットへ。
でも、涙が止まらない。彼は寝息を立てて寝始めました。
私はそっとベットから出て行き、買い物に行かなくちゃいけなかったので
涙を流したまま、薄手の服で原チャへ。
「死にたい・・・」その言葉だけが頭をよぎる。
「このままぶつかったら・・・死ねるかな」そんなことしか頭にない。
買い物を終えて、耐え切れずmilkに電話。
なんとか気持ちを落ち着かせようとするものの、milkの言葉も頭に入ってこなかった。そのまま携帯の充電が切れてお家に帰りました。
彼はまだ寝ています。
そっと彼の横に寝転びまた泣いていました。
9時におき、楽しみにしていたテレビを見ることに。
途中私は眠っていました。
彼がその間にお風呂の準備をしてくれていたのでお風呂に入ることに。
そこでもグッタリするだけの私に
「元気出せ」っとちょっかいをかけてくる彼。
お風呂をあがってそのままベットに力尽きて倒れこんだとき
彼「どうした??なにがそんなにつらいの」
私「もう・・だめ。全部いや」
彼「死にたいのか??」
私「うん・・・」
彼「そんな事簡単に口にするな。そんな事思うな」
真剣に彼に怒られた。それでも私は「死にたい・・もう嫌だ」
その繰り返し。
彼「お前よりももっともっと辛い人はもっといるやろ??そんな弱気になってどうするの??」
私「じゃあ、なんとかしてよ」
っとついつい彼に当たってしまいます。
彼「俺はもうお前にかけてるから、死にたいとか思わないこと。今まで心配してくれた、お姉ちゃんや親、俺の親を裏切るの??俺はどうなる??」って。
私は「ごめんなさい」っとだけ言ったかな。
その後も涙が止まらず、睡眠薬を飲んでとりあえず寝ることに。

日曜日。
今日も彼が先に起きていました。
少しは落ち着いたけど相変わらず身体が重い。
重い身体を起こして、洗濯をしたりご飯の準備をしたりしました。
食事後、私が壊したテールランプを交換しにいくことに。
重い身体を彼に無理やり起こされ、駐車場へ
こういう作業は比較的に好きなのに・・・。
私が壊したのに・・・。
どうしても力がでない。彼はそんな私に気付いていたけど無理やりにでも
私の身体を動かそうとしてくれた。
テールランプは不良品で結局また元の形にもどすことに。
作業後「ありがとう。ひとりじゃできなかったよ。よくがんばってくれたね」って彼。
私は「手伝いたいのに力が出ないの。ほんとうにごめんね」っとまた泣いていました。
彼は「充分だよ。しっかり役立ったでしょ」っとやさしく言ってくれました。
家に帰ってまだ無気力の私はそのままベットへ。
少し眠った後、「買い物に行くよ」っと起こされました。
お彼岸もあって、彼のお墓参りに向かうことに。
でも。車の中で涙がまたとまらない。
身体が動かない。彼は一人でお墓に向かい私は助手席でただただ泣いていた。
その後スーパーについても涙はとまらない。
「でたくない」そういうと
彼「じゃぁ帰るぞ」っと車のエンジンをかけた。
私「頑張っていく」焦ってそう発した。
彼「何がそんなにつらいの??」
私はとにかく子供を見るのが怖かった。
かわいいんだけど、子供の姿を見ると悲しくて悲しくて仕方ない。
その事を彼に言うと
「子供を産めないからだなわけじゃないねんから、そんな事で悲しむな。
子供産めない人いっぱいいるぞ。もっと悲しい思いの人はいるんだから」
わかってる。自分が焦ってしまっているのもわかってる。
今の精神状態で子供なんて育てられるわけがない。
誰だって反対する。病院でも何度も反対されている。
彼も今の経済状況的にもなにより、私の精神的に子供なんてまだまだだと思ってる。
そうやって周りの人に自分の弱さを口にされるのがひどく嫌だった。
苦しかった。
私の中でどうしてか「子供」があたまから抜けなくなっている。

無気力の身体も涙を流して彼に訴えたことで少しは楽になり
買い物をして家にかえりました。
すぐにご飯を食べ、私はまたベットへ。

泣いてる私に彼は
「そんな気持ちのお前を見てるのも辛い。なんとか平常心が保てるようになろうね。無理はしなくていいから。でも甘えるのはダメだぞ。」って
甘えるのはダメってどういうこと??
私はわからなかったけど、聞けなかった。
「悔しいねんな。おまえ自身が一番。」彼はそういった。
私は眠りについていた。


今朝は、いつもどおりの朝だった。
土日に坑うつ剤・安定剤を飲みきってしまった(あまりに落ち着かず少し多めに服用)ので今朝は薬が無い。
夕方には病院なのでそれまでもてばいい。

まだ子供に対する気持ちは大きい。
どうすればいいんだろう。
末っ子に育った私。私の周りは長女が多かった。
妹や弟が居る友達が羨ましかった。
その頃から、私は「早く子供ほしい」ってずっと思っていた。
その気持ちが今、また大きくなっているのだと思う。
みるきぃが二人目を授かったこと。
彼の親友も二人目を授かった。
そんな喜ばしいニュースが私を勝手に苦しめているようです。

今日はどんな一日になるのだろうか・・・
何も頭が回らない。
posted by donguri_mt at 08:16| 奈良 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

コメント有難うございます

dear nama

この病気は何歳の人でもなっちゃうんですよね。
どんなに良い環境で育ってもなる人はなるし、
どんなに悪い環境で育ってもならない人はならない。
そんな中で私たちはその病気にはまってしまったのは
もう一度自分を見つめなおせってメッセージなのかもしれないですね。
病院の先生にはできるだけあるがままになろうと、
昨日は今まで思ってたこと。
言いたくはないけど、彼と住んでから家事という仕事が重いこと。など
少し今まで言えなかった事が言えました。
私は一人じゃない。
こうやってコメントをくれる応援団が居るんだと思うと少し気が楽になりました。
先輩。お互いうつ病になんて負けないで、がんばりましょうね。
ありがとうございます。


dear ゅぃさん

コメント有難うございます。
体調はどうですか??

相互リンクの件は了解です。私もはらせて頂きます★
namaさん。サポート有難うございます!!

主治医にも、重く感じないでもしも元気があったら
朝はご飯の準備 ひとやすみして お昼に掃除 ひとやすみして 夜にご飯を作ってあげたらいいんだよ。
それ以上のことがしたかったら、元気なときにね。
彼の助言は守るべきだと思うから、一日に一歩でいいから外に出てごらん。

っといわれました。
私はしっかり主治医にも支えられて、彼にも支えられているんだと再確認できました。
まことさんもしっかり理解されている方なので、
ゅぃさんはその日その日の75%ぐらいの力でまことさんに笑顔を見せていってあげればいいんだと思いますよ★
100%じゃ次の日に体力なくなっちゃいますもんね。


私は家族・そしてここに来てくれる方・彼・彼のご両親・主治医・・・・
それに会社の人などたくさんささえられているんだと、
ここのブログを開設してツクヅク感じます。
「笑顔でお帰りがいえるまで」
目指して、大波小波(ゅぃさんの表現がとてもぴったりなので使わせていただきます)に耐えながら、いつか綺麗な水平線をぼけぇぇーっと
眺められたら幸せだなぁ。って思います。
posted by donguri_mt at 10:39| 奈良 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

夜中に。。。

おはようございます。
今日も彼のとび蹴りで起こされました。。。
反省。反省。
にしても、彼も少しはやさしい起こし方がないのかな。
寝ている間に会社にいっちゃうのは寂しいけど
自分のご飯の準備くらい覚えておいてよ・・・笑
さすが一人っ子。
起きて、自分のセットさえすればもう出て行ける!!って感じだから
今朝も飛び起きて、お弁当箱にご飯をつめて、セットしてかばんに入れてあげて、朝ごはんとコーヒーを準備して、彼が忘れ物していないかチェックする。
いつもの私の朝の10分間の勝負です。

それでも、彼はずいぶんと変わりました。
夜中に急に目が覚めて、トイレにいった後、立てなくなってしまいました。
立てないと言うよりも、全身に震えと寒さが襲ってきて頭が割れそうに痛いのです。
かろうじでリビングまで行きソファーにもたれかかったまま、何時間過ぎたのか、朝方までうとうととし、動けずに居ました。
怖くて声も出せない。
うん。すごく怖かった。
このまま朝までグッタリしてしんじゃうのかな??って思った。
それでも朝方なんとかはいつくばってベットへ。

それを彼は気付いていたようで、朝ぎりぎりまで寝かせてくれました。
「夜中起きてたでしょ??寝れないから回復しないんやなぁ。。。
 俺が会社に行ったらちょっと寝とけよ。
 お前が夜中ベットから出て行ったら心配で俺も寝れない」って。
彼も寝れずに心配していたようです。
でも、迎えに来るほど意識ははっきりしてなかったんだろうね。

ちょっとうれしい一言でした。
今日は姉と会う約束をしていますが、体がまたまた重たいです。。。
早く病院に行きたい気分。
この体調で人ごみにでれるのか、とても不安です。
posted by donguri_mt at 07:38| 奈良 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

秋晴れなのに・・・

やっぱり、まだ外に出れない。
ひどい頭痛が襲ってくる。
でも、買い物にいかなきゃ。冷蔵庫の中が空っぽになっちゃった。

昼過ぎ。目覚めて、ブログを書いて・・・っとした後ふと涙が出てきた。
耐えれなくて、みるきぃにヘルプを出してしまった。
誰かの声が聞きたかった。

ODをしてから、胃薬以外は彼が持っています。
私の爆弾は処理できていなかったよう。
今頃、彼が薬を持っていなかったら・・・・
電話を切った後、隣のお家から赤ちゃんの泣き声がした。
目をつぶってたら、目の前でずっと泣いてる赤ちゃんがいっぱい出てくる。
何もできない自分がそこにいる。。。
そんな夢をこのごろ毎日見ている。
赤ちゃんの霊でもいるのかもしれないね。この家には。
ずっと子供が欲しいって思ってるのに身体がそうならないからかもしれない。
そのとき、無意識のうちに、胃薬を全部飲んでた。
頭が痛くて、市販の頭痛薬を一生懸命に探してた。
幸いにも、我が家の頭痛薬は、頭痛持ちの彼が常備していたようで、一錠も無かった。
そして、ふと我にかえった。
もし、頭痛薬が一箱この家にあったら・・・・
私は全部飲み干して、また大泣きして倒れてたんだろうな。
また彼は「重症だ」って思って家の扉をあけたんだろうな。
もしくは、そのまま原チャで出掛けて事故になってたかもしれない。
そう思うとホントに怖い。馬鹿だ。。
だんだん一人でこうやっているのが怖くなってきてる。
例え薬が無くても、他の方法で自分を傷つけてしまいそうで。
この家は幸せな家です。
引越しは後悔してないし、実家にいたら今頃肝臓おかしくなってただろうね。20歳でアル中間違いないよ。
だから、彼が一緒にいてくれて、監督下にあるから、それは免れている。
それでも、彼が居なくなると私は爆弾を爆発しはじめてしまう。
お昼からお酒を飲んじゃったり、ダメなのにタバコを吸ってしまう。
その度に彼の顔が浮かんで情けなくて涙が止まらない。
でも毎日その繰り返しを歩いている・・・
一人になっちゃいけない。。
だから仕事にもいかなきゃいけない。。
そうすれば、こんな寂しい悔しい思いはしなくて済む。
なのに・・・・・・・・
仕事を探す気になれないで居る。
今の頭じゃ何にもできないような気がする。
本当に自分が情けない。

ここに書いてあることを病院の先生に見せれたらどんなに楽だろうか。
どうしても、面と向かって話すとなると何を話していいのかわからなくなる。
まだ心が開けていないんだろうな。
メールでは彼にも色々いえるのに、いざ帰ってくると何も話せなくなる。
「話さなきゃ」「伝えなきゃ」っと思うと余計に口が開かなくなってくる。
不思議と彼の前だと泣けなかったりする。

みるきぃやジェニー、milkと話してるとそれだけでこみ上げてくるのに。
ゅぃさんやnamaさんのコメントをみるだけで涙が溢れるのに。
たくさんの支えがあるのに、その支えを上手く使いこなせない。
そんな自分に苛立っているのもよーくわかってきてる。
そんなに自分を責めても何も変わらないのにね。

リストカットをする人は、自分の存在や、価値がわからなくなって、
知りたくなってやるんだと思う。
死んでしまっては、答えが見えないから、死ぬ直前で辞めておく。
そして周りの誰かが「やめて、あなたの命はたいせつなものだよ」
っと言ってくれるのを待っている。
その時言葉という「形になった自分の命の価値」を感じる。
でも長続きしないから、またその価値をさがしてしまう。
形は違うけど私もそう思っているのだと思う。
ODをして、倒れて、自分の価値を探してしまう。
探さなくても私も、この世に生きるものすべてに「命の価値」はあるんだけど、なかなか形にならないから、中にはもがく人がいるんだろう。
その一人が私。
自分の頭の中でそうやって解決までしてもまだ満足いかないのはなんでかな。
悔しいな・・・

20歳の私ですら立つことができないこの病気との闘い。
でも、本を読むと小学生でうつ病の子もいる。
うつに限らず、不登校の子の心は今の私よりも苦しいものにまとわれているんじゃないかな。
ジェニーも不登校だった。きっと小学3年生のあの日、どんなけ心が痛かったのかと思うと何もしてあげれなかった自分がホントに情けないな。
なぜか、ジェニーの心の叫びにはいつも敏感だった。
一番仲良くって、大好きなおねぇちゃんだったから苦しんでいるのが見れなかったんだろうな。
その苦しみを解らない学校の先生にひどく苛立った。
「学校にいきたくないなら、いかなくていいんだよ」っと言われ私は育ってきた。
私が不登校になる頃には、父も反発する元気をなくしてた。
きっと、母は夜にでも父から責められてたと思う。
「お前の育て方が悪い」ってね。
私は良い育て方をされたと思う。
友達が行きたくも無い学校に親の言いなりになって行っている。
そこに夢も希望も無い。
そんな場所に行くのなら、夢や希望が詰まった自分の道を
自分の責任で進むべきなんだと思うな。

世の中には色んなドラマがある。
笑ったり、泣いたり、悔しかったり、喜んだり・・・
一人一人の一日が24時間ドラマになる。
そう思うと生きてることが素晴らしいって思うね。

いつか自分の子供ができたら、「あなたの命はとても大切だよ」っと
毎日言ってあげたい。
苦しいときに素直に「苦しいよ」って言える環境を作ってあげたい。

今、心の病気で苦しむ人と直接話をしたいと思っている。
何か支援団体とかないかなぁって探してみるけど、なかなか見つからない。
「小学校の保健室」の様な場所でも良い。
自分も苦しいけど、もっと苦しい人もいるはず。
私みたいにはけ口が見つからなくて、一人でもがいている人もいるはず。
そんな人たちと面と向かって話し合えたら泣いて笑える気がする。
心の病気に悩む誰かが、少し笑ってくれたら私もたくさん笑顔になれる気がする。
誰かの笑顔が私の笑顔に結びつく。
私の笑顔が誰かの笑顔に結びつく。
そんな空間に行きたい。


すごく内容がぐちゃぐちゃの日記になってしまいました。
でも書いてちょっとスッキリした。
明日は病院だ。
このブログを印刷する勇気を出そうか・・・どうしようか。
milkの言うとおり主治医と向かい合うためには大切な私の心がここには書いてある。素直なままに。


dear ゆいさん

本当に、毎日寝込んじゃってるパートナーを見て「ずっと笑って応援して!!」なんてどんなけ体力があってもできないですよね。
だから、私やゅぃさんはできる限り、笑顔のときは「笑顔」でいなきゃいけないんですね。
苦しいときは苦しい。嬉しい時は嬉しい。
そんな気持ちをぶつけ合えるのがベストパートナーですね。
そんなベストパートナーにお互いのお家がなるといいですね★
posted by donguri_mt at 18:07| 奈良 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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