2006年10月09日

代筆7 byみるきぃ

10月9日(祝) 6:50
おはようございます。
夕べもお漏らしでした。。。夜用ナプキンで何とか昨日まではいかなかったけど、やっぱり嫌です。。。今日ドクターに必ず言わないと!
それに足の痛みも強いしね…トホホな体になったのかもしれないよ…(;´д`)

ボーダーラインの話をひたすら夜に見ていました。これは家族全員持ってる病気だな…と感じました。
それと、この土日外泊が許されなかった家族の苦しい気持ちも判りました。今は安静にしておくべきなのですね。

頭痛も取れました。理由はもう一人仲間が増えたから。みんなでトランプしたのexclamation×2
めっちゃ楽しかったぁ〜わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
仲間が増えると楽しくなりますグッド(上向き矢印)
今、心にあるのは昨夜見た夢。ふっと夢と現実が混ざっちゃいます…

今日は秋晴れ晴れ…院内外出できるといいなぁ…

さて、診察が終わりました。
なんと!オーディオプレーヤーの使用OKが出ました。イヤホンが自傷でOUTだったけど、今日はOK。
「もうここまで来てるなら良いよ」って。
まだブチ当たるであろうストレスとどう向かい合うか!!これが課題です。
「こんな事もあるのかぁ〜」って思える気がするけど、どうなるのか心配は心配。これが無くなったら退院だ


今日あった事の続きを私(みるきぃ)の目線で書いて欲しいと頼まれたので…
この後、妹(d_mt)の元着いた私、父と母。
主治医の先生と話をしたあと、2時間の外出許可を貰いました。
外は秋晴れの良い天気でしたが、すっかり秋。影に入ったり風が吹くと肌寒く感じます。久しぶりの外の空気を思いっきり吸っていた妹は気持ちよさそうでしたw
まず行き先として病院付近のユニクロへ。院内で着る服を金額を気にしながらも選んでいた妹です。元々買い物好き(と勝手にワタシが思っているのですが…)な妹。院内で着る服でも気を抜かず選んでいる所が楽しそうに見えましたw
そして間食用の食料を買いにSHOP99へ。ココでも過食を気にしつつカロリーを見ながら色々買っていました(笑)
そんな事をしている内にあっという間に1時間…今度は不二家レストランへ行き妹の好きな甘いものを食べました。この頃からちょこっと疲れが見えてきました。少し肩で息をしているかな??と思ったのですが…
ココでジェニーとその彼とも合流。ジェニーが預かっていたオーディオプレーヤを貰い病院へ。

妹と父と母と私4人で(ジェニーは彼の車に乗っていたので…)今後のSTEPの話をしていました。当初妹を除く家族4人で話していた時今週末に奈良に連れて行ってあげたいね。と言っていたのですが、もっとゆっくり焦らずにと妹が再来週と言ってきました。

今週平日は今日のように少しずつ外に慣れて行く、
今週末に丸一日の外出をとって家族みんなで遊びに行こうと。
更に来週平日は父の会社に1・2度行き仕事を手伝ってみたいと。
そして来週末にいよいよ奈良で引越し作業。

徐々に徐々に体調を見ながらなのでこの通りに行くとは限らないけど、妹にとっては素敵な目標が出来たと思います。
そして、入院から毎日家族が顔を出していたのですが、今週からは1人の一日を作りたいと言ってきた妹。
ホントこの2・3日で治療に対して大きく前向きになったなぁ。。。と思う私です。

19時ごろ電話がありました。
明日100円ショップに連れて行って欲しいとの事。もちろん体調や足の加減を見た上で行こうと返事しました。
今日帰ってからは、やはり「少し疲れた」と言ってました。
夕飯はしっかり食べれた!とも言ってました。
ちょこっと外に出て気分的に興奮してるかな?とも取れたけど、今日はゆっくり寝れそうの言葉で安心しました。
posted by donguri_mt at 18:00| 奈良 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

代筆6 byみるきぃ

10月8日(日)
朝になりました。
一日が過ぎるのが日に日に早くなってきています。良い事だと思っています。

さて、大きな事件です。夜…きっと朝方ですがお漏らしをしてしまいました。
薬が効き過ぎているのが原因かと思います。。。
恥ずかしながら母に言ってから担当の仲良し看護士さんに話しました。
「当直の先生とお話しするのも良いけど1日耐えれそう??」とのことで、昨日・一昨日と頓服でリスパダールを2回飲んでいるので今日は飲まないで様子を見てみると言いました。
リスパダールは一時的には良いけど、ちょっと量が多い気がします。脱力感が私の鬱と戦っています。鬱っ気はあるようです。朝もしんどいわけだし…
薬を飲むと耐えられない脱力感。。。それに失禁ときたら…
でも過食は変わってませんたらーっ(汗)

今朝は治療の一つとして母の彼FTにも電話を変わってもらいました。勇気がいるけど、色んな人に出会う事、話す事が私の一番の治療です。FTは紳士的な方でした。とても和やかに話をしてくれました。
次は会ってみよう!…何だかんだいって会ってみたいので…

少し変わってきた事、明日先生の前で良い子になれずに言えますように。。。それが一番です。
母にも手伝ってもらうつもりです。他人から見た私と、私が思う私にはまだ食い違いがあるからね。

明日は先生とお話が出来るからファイトだexclamation×2

20:00三日月
夕食も間食も済ませました。市販の便秘薬を30錠飲んでた体には下剤が効きません。なのに過食に走っています。
…いや、タバコも酒も無いんじゃ太っても仕方ない。
今日はmilkとみるきぃが約束通り来てくれました。明日も来てくれるって!嬉しいねぇグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)
…ドラゴンにジェニーは…自分らだけF1見に行きやがって。。。そう思う限りです。

今日は夕食前からテンション上がりっぱなしで仲良し3人組でいてました。新しい人もポツポツ入って来ています。
今日も院内は大騒ぎ。男の方に縛られるように保護室に入っていく姿を見ました。私の居てる病棟はの静けさは良い事なのでしょう。

今日も色んな事がありました。
仲良しの友達が車椅子の為、車椅子にふと乗った患者さんブチ切れでした。その方は不妊に悩み悩み鬱のようになっているように感じます。夢と現実のラインが無いのです。不妊に悩んだのは同じだったので、彼女の気持ちも少しはわかりますが決して許される行為を彼女はしていませんでした。
「車椅子を使わなきゃいけない人もいるけど、私たちは自分の足で歩けるのだから自分の足を使いましょうね」と彼女に言うと「ゴメンナサイ」を繰り返し、耳を塞いで幻聴がすると言い出すのです。『車椅子に乗るな』って誰かに怒られている…と。
その後milkとみるきぃが来たので後から聞かされた話ですが、ようやく落ち着いた彼女に良くお喋りをする女性が「不妊はね、あなたが悪いのよ」の繰り返しだったようです。。。(;´д`)トホホ
どの方も心の病がさせる行為なのです。私がこの件とは違う件で仲良し友達がキレちゃった時、看護士に適当なな言い訳をつけて「彼女が怒っている、私1人じゃ抑えれない」と頼みましたが「はい。でも仕方ないんです」って…案の定彼女は物を投げてしまってました。
私がその場に居てあげたら彼女の怒りはそこまで達しなかったのかも…と思うとヘルプを呼んだ自分が嫌になってしまいます。…私が居ても無駄だったのかもしれませんがね。
この病院の先生は私やその子が「あの方に嫌な事を言われた」と言うと「病気だから仕方ないのよ」で済まします。
物を投げた彼女はその女性に「あまり他人のことに口を挟まないほうが良いんじゃないですか?彼女もそれで悩んでココにいるんですから」と言ったら「障害者は黙っとけ」と言われたそうです。
その結果言われた看護士の言葉…「病気だから仕方ないのよ」…「じゃあ反抗しない私たちは病気じゃないの??」としか言えません。
書いてるだけでイライラしちゃいます。

この病院には『医療憲章〜こころを病む“ひと”をみる人のやめの10ヶ条』があります。(→こちら)ちなみにココは『北斗会 さわ病院(→HP)』と言う大阪でも有名な精神科の病院です。しかしmilkが言っていたのですが、この病院には『ナイチンゲールの心を持つ人』は少なすぎる。その通りです。

寝る前の薬を飲み終えました。
過食の再スタートです。今、母に貰った自分の病気についての事が書かれたネットサイトのコピーを見ました。ばっちり自分にあてはまるのが怖いです。母に連絡を入れようかと思いましたがSTOPしてみます。ココにかわりに書きます…

『そうだった自分』と『今はそう思わない自分』、『いずれそう思ってしまう自分』全てがいたのです。どうしても親や環境が結びついてしまう…それが残念です。
だって自分の親を責めたくはないし、育った環境を否定したくない。この気持ちがあるからどうしてもボーダーライン(病名)になっちゃうのでしょうかね…

。。。そろそろ気分転換に寝ます。おやすみなさい。。。眠い(睡眠)

目がぼやけているのに食べ過ぎて眠れませんバッド(下向き矢印)
目を瞑ると彼が出てきます。
『笑顔で“お帰り”が言えるまで…』
今も私はそれが実現する事を祈ってるのでしょう。
posted by donguri_mt at 22:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

代筆5 byみるきぃ

2006.10.7
後半戦です。
体調は悪いまま。
とにかく目が開かないのです。
気持ち的には落ち着いているように感じるけど、実は大きい傷を背負って居るからなのかもしれないね。

今日というかさっき2度も(買い物を頼んだので)milkと見るきぃがやってきてくれた。
milkに昨夜は本当にひどいことを言ったのに、遠い家から毎日来てくれる。こんな嬉しい事はない。みるきぃにも感謝。

今日は院内大騒ぎです。あちらこちらで大声が聞こえています。そのうえ仲の良い方もイライラで愚痴ばかり言っている。
心が叫び声と愚痴には敏感に反応している。でも愚痴を聞きたくないとか言えないから、余計心に響いてるんだろうなぁ…
『そんな人も居るよ』ってすんなり言えたら良いのにな。。。

今夜は体調が悪いから早く眠れますように…
2回も昼寝をしたから難しいかも。。。

目が見えづらい事からも薬の副作用の可能性が大きい。
昼食後薬がない不安から二度もイライラ止めの頓服薬を貰ってしまったから。。。
リスパダールという飲み薬です。
イライラしたわけでもないのに、それしか貰えなかったからかな…ちょっと反省たらーっ(汗)

自分に素直にならなきゃいけないよね。。。
嫌いだった看護士が好きになりました。
彼女も彼女で反省したそうですし、私も冷静になって話せたからです。
「一昨日は、昨日は失礼しました」と言うと「あなたを傷つけてしまった私もすみませんでした」と。
その後は『9日のSTEP、自傷しない』について少し話しました。話も聞いてくれるようになって嬉しい。
本当はもっと話したいけど、忙しいのがわかるから早めに切り上げちゃいました。
…また、お利口さんモドキをしちゃってる…反省しろってねぇあせあせ(飛び散る汗)

さて、(水を大量のみしたら)目が見えてきたので私の病気の話をしておきます。
私はうつ病ではなく『境界性人格障害』だそうです。
生まれ育った環境により、ストレスの分解が下手な人間になってしまったそうです。。。
でも何度も父と母の前で「あんたらが離婚したからやろ!?」って言ってしまいますが、ホントはちっともそんな事は思っていません。育った環境のおかげで私は少し人より仕事がこなせる人間になったし、行動力を貰ったから。
それに人間観察…つまり、人の顔色をうかがうことも出来る様になったんだから!
人の顔色だって時に窺ってあげなきゃいけない場面が生きていく上に出て来ますし。。。
どうしても末っ子泣き虫・甘えん坊な所は治らないけど『ストレスを冷静に分解する力を持つ』ことが大切ですね。

うつ病とはちょっと違いますが、鬱は鬱でとっても大変ですよね。
鬱で飲んでた『デパス』が私の自傷のきっかけになったのではないかと主治医に言われました。
鬱な気分を自分にあげてしまって、自分も傷つけてしまっているのです。
思い当たる方はもう一度医師に相談してください!

自傷は自分だけでなく周りの人に大きな傷をつけてしまうのです。
絶対にしないで生きていきましょうね。


参考までに服用中の薬を書きます。
朝 :リスパダール(自傷を抑えるイライラ止め=抗精神病剤)A
夜 :パキシル(不安をやわらげます=抗鬱剤)@
   リスパダールA
寝前:マイスリー10mg(定番ですね…笑=入眠剤)@
   ベンザリン10mg(寝つきを良くする薬=睡眠誘導剤)A
   リスパダール1mg@
   デパス1mg(不安を和らげる定番の奴ですね=精神安定剤)@
頓服:不安&イライラ時 リスパダール内服役1ml2本まで
   不眠時 レンドルミン0.25mg(寝つきを良くし、持続させる=睡眠導入剤)

以上です。後は頭痛時にロキソニン程度かな。

なんと!!あの大騒ぎ(!?)になった看護士からの信用で鏡が手元に置けるようになりました!!

嬉しいよぉ〜グッド(上向き矢印)

早速母に連絡してきます。

…母に連絡終わり。
喜んでくれました。
もう私は嬉しい限りで涙が止まりません。・゚・(ノд`)・゚・。 嬉し泣きです。
こんな風に次のステップに進むんだね
母と姉と決めました。次のSTEPは『外出』。
泊りの前に外の空気を感じるのです。9日に先生に言ってみようと思ったら嬉しくってワクワクしまするんるん
今日は嬉しい気分で寝れますように。…そろそろ薬の時間だし。

>namaさん
コメントありがとうございます。namaさんも辛いんですよ。私だけじゃない、あなただけじゃない。
この世に生きてる限りストレスや不安が付きまとってしまうから、心に傷を持つ人はいっぱいなのでしょう。
だから私たちは生き抜く事に専念するのです。心の傷は必ず消えると思います。
失恋の傷がいえるようにね。だから、必ず生き抜きましょう。
生き抜く=息抜く
ですね。心にたまった傷をゆっくり減らせますように。
posted by donguri_mt at 21:30| 奈良 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

代筆4 byみるきぃ

10月6日(土)9:15
今日は朝寝坊をしたあせあせ(飛び散る汗)と言うより朝食時間までしっかり眠れた。
予定では今頃母が迎えに来て奈良に言ってるハズ…

予定は予定で終わり…
彼とも終わった。。。半年目前に。。。


家族の一致団結が必要な時。。。
痛いほど判っているケド…我が家の離れた5人には出来るのか!?

次のSTEPは9日まで自傷しない。
夕べもやりたいとすら感じなかった。

夕食抜き+寝不足でかもしれないけど、今も『生きたい』希望がある。
だから今も頓服薬を飲んだ。
先生とも冷静に話せたし、波の無い生活を取り戻す!

お風呂に入って来ましたいい気分(温泉)さっぱりしたグッド(上向き矢印)
カミソリ使用OKになったので早く買ってきてもらわないと…

所持金も底をついてる上にお腹が空いた。。。でも母は昼から来るバッド(下向き矢印)
…いや、夕べ母に「アンタなんて他人だ!!」と言ったのに来てくれるだけで私は幸せです。涙が出てきた。

入院は居心地良くなってきています。ただ、仕事が出来ないとか不自由が多いのは辛いけど…

早く最初の病棟に戻りたいよ。。。
家族を安心させてあげたいよ。。。


今、眠くて目がハッキリ見えない。
今寝てしまったら夜が寝れなくなるので、やめとこう。
空腹との戦いの方がまだマシだし…

廊下ではヤケに暴れている。
今日退院された方が居る。私より笑顔が少ないけど家族が安心したからだろうね。

退院=家族の安心

であることが良くわかった。
どうすればいいのかなぁ??
…それってわかんないよ…
でも、その答えを探すための入院なのかもしれない…

本当に目が見えづらい…寝るなよワタシ。。。

寝てしまいましたあせあせ(飛び散る汗)今も眠いです。ってか目が冴えない感じ。
お昼を食べました。今日はカレーでした。
頭も一日中冴えません。昨日のショックのせいなのかもしれないケド…
自分でもよくわかんないや。

posted by donguri_mt at 17:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

代筆3 byみるきぃ

10月6日(金)11:40
一睡も出来なかった。
でもいつもと朝は変わらない。
つまり、常に熟睡できていないのだ。

昨夜、先生・姉との面談で私が思っていた事と違う話が出てきた。

土曜日で退院→パニックを起こしたら再入院。

その予定が土曜日母の家に泊まり日曜に帰って来いとの事。
帰ってきた所で主治医は休み。つまりパニックを起こしても処置してもらえないのだ。
まぁそんなシステムの病院だから。。。更にパニックが無くても入院しなければならない。私は『商売上手』という言葉しか思い浮かばない。

父は『自分の元へ来い』
母も『自分の元へ来い』
結局はそういう話にもなる。
私が今の苦しみを理解してくれる父の元へ行くと言うと、姉達は揃って私を逃げ者扱い。
どうせ私は逃げ者です。入院の環境に耐えられないから逃げる要素を探しているのだ。

しかし…この病院は私には合わない。
まず第一に昨夜眠れなかったのは、看護士に「先生ともう一度話をしたい」と言った所、まだ居るであろう時間にもかかわらず「それは出来ません。明日外来が無いので朝にお話ください」と冷たく言われた。
いや…普通の会話かもしれないけど、心に傷の付いたものに対する言い方ではないだろう。
その上、泣きながら父にTELした所「こんな時間に!切りなさい!」と横から何度も。
母の面会が遅く、睡眠薬も私が声をかけるまでくれない人が…

10時に電話でコレexclamation&question

しかもこっちは泣いているのに…
泣きながら父に「ギブアップだから迎えに来て!!」と何度も言ってました。
その横で看護士は「無駄でしょ!?早く切りなさい」
ブチ切れの私は電話を看護士に渡したちっ(怒った顔)
看護士が父に伝えた言葉は実に意味不明たらーっ(汗)
「こんな時間に迎えに来れるわけ無いでしょ!?早く電話を切らせるように話します…」他にもゴチャゴチャ言っていた。
とにかく口のキツイ看護士だったのだ。
私は泣く泣く、父も泣く泣く電話を切ったところ
「冷静になってください。そうでないとあなたと話す事は出来ません!!」
そう言われました。周りにはまぁ評判の良い看護士。でも私の今の心には受け入れられない言葉が多すぎる。

冷静になれるならこんなトコにいるかexclamation×2

と騒ぎたい気持ちを抑えて、何とか這い上がり部屋に閉じこもりました。
『死にたい』という気持ちは全く思わなかったのですが、ただただ悔しい気持ちでいっぱいです!
日付が今日に変わり午前1時をまわり看護士が変わったのでナースコールで眠れない事を伝えました。
「落ち着かない」と言うと、「何で?」では無く
「冷静になりなさい」
との事。人が変わってもココの病院の人はその言葉をよく発する。

いや、私は冷静です。

ただ落ち着かないだけなのに…涙も出ていないのに…
私は父に「ギブアップ」の電話を何度もし、父を泣かせてしまいました…ゴメンねもうやだ〜(悲しい顔)

その後3時・4時…もう朝になるから注射される気もしない。ただ時間が過ぎるのを待つばかりでした。
寝転んでも眠くないし、とにかくしんどい。

6時をまわり母にTEL。昨夜どう感じたか聞いた所、まだ退院するなって…奈良にも行けないと言われた。
もう耐え切れない!それでなくても寝れてないのに…

パニックと頭痛のままジェニーがやってきました。
昨日から自棄食い、(牛乳を)自棄飲みですけど…
ジェニーと二人で『ゴメンねー!』っと泣き合っていました。
「私も20歳の時親父と二人暮しで苦しかった。でも手を抜いて楽しみを探してたんだよ」
って言われました。
ココの生活は楽しいけど確かに2人仲良しさんも居て楽しいけど、苦しい。逃げるしか私には出来ないのかも。
一生逃げて生きていくんだ…きっと…

さて13:00を回りましたが先生は来ません。午前休だそうです。
夕べの看護士の話はウソなのexclamation&question
14時、先生が一人目の診察に入った。
私は頭痛と戦っている。。。
posted by donguri_mt at 14:30| 奈良 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

代筆 byみるきぃ

10月5日、木曜日
昨夜は全く眠れなかった…。
何錠かな?5種類近くの睡眠薬と安定剤を飲んでも寝付けない。
眠れない時の一番の薬は、東京に居た頃良くやってもらってたジェニーとのTEL。

話してる途中で寝るのが私ですがあせあせ(飛び散る汗)

昨日はmilkにTEL…でも落ち着かない。
夜は看護士の人数が少なく、話せる相手もいない。頼み込み注射で眠ることが出来た。

0時を回っていた。。。

今朝はそのせいか、頭痛が酷い。でも心は安定中。
今日荷物が帰ってくる。それだけが楽しみなのだ。
さっきお風呂にも入ってさっぱりしている。
…けど事故の傷が痛むのと、あの時から更に歩くのが痛くなってる。。。
やっぱりあの病院はヤブ医者だったのか??

夕べmilkが居る時にこんな話をした。
テーマは「自由」
milkの彼は閉鎖状態から開放され、電車に乗った時に自由を感じたと言う。
私は鍵を自分で開けて、しめる事が「自由」と今は感じる。自分で出来ないからね。。。
自由って深く浅いところにある言葉ですね。
私の一つの自由。荷物の自由まで残り3時間です。

昼食が終わり、会社にTELしていました。
マネージャーもうつ病です。デパスが効いてるって今言ってました。
「ドグマチールは俺も無理やなぁー」と優しく笑わせてくれます。
「気持ち十分にわかるから、5年後になっても25才でしょexclamation&question笑ってかえっておいでよ」って言ってくれました。嬉しい限りです。

ついでに奈良の病院にTEL。まだ先生は診察中。
看護婦さんが「元気ですか?大丈夫ですか??先生13:30には手が空くからゴメンなさいね」と言ってくれました。後でかけてみます。

今日は病棟の若い!?16・33・20歳トリオで大笑いの時間を過ごしています。これも今日頓服を飲まずに元気な私が居る証拠なのでしょう。

奈良の先生とお話が出来ました。彼の事も聞きました。
「元気な声になったね」から始まったTEL。
「はい」と返事する事が出来た。
彼も彼なりに複雑なままでいる事が確かのようだ。
先生の元に行って薬を貰ったとの事。
「男女の関係には入れないけど、あなたを応援しています」
奈良の先生はそう言ってくれる。何度も。
彼もやっぱり親の反対があるので…との事だったので、私さえ元気になれば良いの。
「あなたの素晴らしい笑顔で彼を応援しましょう」
先生からの言葉です。ちょっと言い方は違いますが…
その通り。私が元気になる事が全ての周りの人へのお返しなのですから。。。

今日の元気は自分でも不思議なくらい。彼の事実を知っても平常でいられる。
あと1時間15分で、私の自由が1つ手に入る。
そう思うと笑ってる他にないからなのかも。
確かに、笑ってても泣きたくなる瞬間はあるけど、それをコントロールしていく事が最大の課題。
今は泣きたい時に泣いて、甘えて少し心に潤いを与えてあげないとね。
『強がり屋の私』も今、ここにいるは確かな事だから。
そんな私と甘えたの私が同居してなきゃいけないね。

担当医となかなか会えない。
その分このブログは長々と続くでしょう。
本を読むにも周りの音が気になって、それどころじゃないから。

今日は同じ病棟の車椅子(33)が久々の散歩に行っていた。
食べれないご飯を必死に全部食べたのだ。
私は彼女がとても頑張っているのを見た気がする。
私も負けてはいられない。
この病棟では私は一番軽症者です。周りを見ていたら良くわかる。
だから私から元気になって、みんなを応援してあげたい

ゆいさんやnamaさんもうつに負けない自分を一緒に探して行きましょうね。
応援ありがとうございます。私も応援していますので。。。
お二人のブログを読めないのは淋しいですが。。。
また必ず復活して見に行きますね!

posted by donguri_mt at 23:59| 奈良 ☔| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

代筆 byみるきぃ

10月04日20:15

私の家から荷物がなくなっている。

その話を聞いてすぐです。
すごく辛い。
本当に退院してから帰れる家はあそこだと思っていたから。。。

私の家は奈良の田んぼの中、彼といる。
父の家は大阪の閑静な住宅街に1人。
母の家は兵庫の一等地に彼と。
みるきぃの家は阪神をいつでも応援できる、キングと旦那さんの居る所。
ジェニーの家は私が高校時代の思い出いっぱいの場所に彼と。

そんな五人の空間がこれからも続くと思っていた。
その空間が一つ消えてしまう。。。
彼のパソコンだけが残っている事だけが、これから先の答えなんだろう。
posted by donguri_mt at 01:00| 奈良 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

代筆(By milk)

ここに来て何日目だろうか・・・
日付や曜日の感覚がまったくない。

1日目 ODをしてB棟(半拘束病棟)に。
2日目 夜に泣き自殺を試みて個室へ。(荷物は看護士預かりに)
3日目 荷物のうち、少しは持たせてもらえるように。
4日目 つまり今日。

今日の担当看護士は本当に素晴らしい人だった。
昨夜、母が帰った後、寂しさは続く。

ねてすごす。
木曜日に荷物を返す。
土曜日に家(奈良)に帰る。
そのために、今は静かにしておくこと。
そう約束を先生とした。

そのために早目に睡眠薬をもらい寝ることに。

そういえば、milkはこの間「誰もみな同じ時間が過ぎている」と。
その通りである。
寝ても、おきても、笑っても、泣いても、仕事しても。
1分1秒は変わらず、時計の中心で回っている。
今はそれも変わってなかった。
だから私も皆さんと同じように、24時間をさわ病院B棟で過ごしている。

今日の担当看護士に、泣きそうな声で「頓服薬をください。」と言った。
「どうしたの?何かあった?」
私は夢に彼が出てきたことを話した。
そして「泣きたいけど、泣いたりさわいだら、木曜日に荷物が返ってこない。土曜日に家に行けない。」
でもその時すでに泣いていた。
看護士は「よ〜くがんばって、呼んでくれたね。がんばり過ぎちゃった?私は泣きたい時に泣いていいと思うよ。」と言ってくれた。
なぜかその言葉にほっとした。
「自分を傷つけなかったら、約束はちゃんと実行になるんだよ。」と言ってくれた。
そして、さっきの話です。

今は3:00PM頃。
病院のワックスが急遽やることになった。
前から決まっていたけど、事務の人以外には知らされてなかったようです。
始まる前に、全員5階へあがることになった。
掃除をするためには仕方ないでしょう。

お昼ごはん+薬+排尿の世話
今日は病院が休院日でそうでなくても人手が足りない。
そんな中、私は担当の看護士に手が空いたら「これとこれがほしい、話しきいて、不安」と伝えた
そんな頃、院内は大騒ぎだった。
「看護婦さ〜ん」と呼ぶ声が響きわたる。
私の目の前の患者さんも急に点滴を抜こうとする。
すぐにおさえて、看護士さんに「とりあえず、後回しで良いので…」と伝えた。
「ごめんなさい」と看護士さんはすぐに来てくれた。
「お姉ちゃんが私の家に行ってたんやって、私行けないのに」って突然抱きついて泣いたにもかかわらず、
「待たせてごめんね、しんどかったね、くやしいねぇ…」そう言って
「一人じゃないよ。よ〜くがんばったね。」
たくさんの言葉をくれました。
私は本当に嬉しかったです。


ワックスが終わる頃、ジェニーとみるきぃが来た。
ブログを見ました。

ゆいさん
娘さん心配ですね。
私は鬱ではないようです。
病名は忘れましたが…
ゆいさんも心配ですし、娘さんも心配。
昨日母からゆいさんのお話しを聞いて一緒に泣きました。
「うちと一緒だね。」って。

この病棟にもいろんなドラマがあります。
心を開きづらい私ですが、いろんな話をみんなしてくれます。
私にもまた新しいドラマが始まりますね。
早く奈良に帰りたいです。
だから生きていたのです。

どうすればこの気持ちが先生に伝わるのかな。
目をつむると彼の顔が浮かぶの…
元気にしてるのかな。

posted by donguri_mt at 00:14| 奈良 ☁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

2日目の朝

おはようございます。
薬が減薬されました。
朝 ワイパックス1_
昼 ワイパックス1_
夜 ワイパックス1_
パキシル20_ 2T
就寝前 マイスリー10
ロヒプノール2
あとは頓服です。


昨夜は薬が少ないことからなかなか眠れません。それにどーしても彼の事が頭から抜けない…枕元には彼と行った長野旅行の写真をおいてます。
ねむれなぃ…ここにいてホントに私は元気になれるの??ここを出たときに私の家はあるの??
その不安が襲ってきます。
ふと彼が持ってきた化粧箱にカミソリが入ってないか探し始めました。暗闇です。
みつけられなかった……

寝れないと受付にいい頓服をいただきましたが2時間ぐらいはその後も寝れませんでした。


朝になり朝食を食べました。
パンとポテトサラダ
ロビーでみんな一緒に食事をとる病院なのでパンを半分ほど食べてること、この人数の人が恐くなりました。
すぐに部屋に戻り布団にくるまってこれをうってます。
となりの方はよく話し掛けてきますが私はそんなのも今は辛いんです。
彼の胸で泣きたい。
彼のために朝ごはんやお弁当、夜御飯をつくりたい。
ほんとにここを出たら私はどこにいけばいいの……
いや…ここでどうやって元気になっていけばいいの!!??
誰か教えて!!
そんな気持ちでイッパイです。
涙がとまらない………
posted by donguri_mt at 08:35| 奈良 ☔| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

入院

記憶がさだかではありませんが…

木曜日、またODをしてしまいながら、原チャに乗りました。
彼の母に手紙を渡したかったのです。
同じ頃心配した母と姉がこちらにむかってました。
いつもの道をふらふらの身体で走ります。左折する前の車に気付かずそのままぶつかりました。
救急車がきます。
救急隊員に力をふりしぼり姉と母がきている。と携帯を渡しました。
それからの記憶はありません。
ただ気付いたら仕事のはずの彼が病院にいました。

怪我は軽症のためそのまま心療内科に彼と行きました。主治医に「私より彼が限界です」といい彼一人を診察室へ行かせました。
このあたりも記憶がありません。

その後母と姉が近くのファミレスにいたので向かいました。
はじめに「母と彼」
その後「彼と私」ではなしをしました。
彼の疲れ切った姿をみたパニックの私は「離れた方があなたは幸せになるね」
彼「俺はもう限界」

彼の実家に「息子さんに辛い思いをさせてもうしわけございませんでした」と謝り
渡したかった手紙を渡しました。

パニックのままその後どうしたのか覚えていません。ただ姉の家に強制送還されてました。
夜は少し落ち着いていたと思います。

金曜日

朝一に彼に電話をしました。
「やっぱり私の居場所はあなたとすごしたあの家しかないのだから入院して元気になるからもう一度やり直そう」
彼はそれはできない。一点張りでした。
そのままパニックを起こし「包丁をかして」とさけんでました。すぐに救急車を呼ばれ病院へ。
彼もこちらにむかってきていました。

診療室に入り担当医に母と姉が事情をはなします。
その頃かな…彼が病院につき診察室を飛び出し抱きしめました。
彼も交じって主治医の話はひどいものでした。
「あんたはうつ病じゃなくて弱いだけ」
「育った環境が悪いから」
私はその話を聞き入れられず道を塞ぎ大泣きしました。
私「いつもの病院にいきます。デパス1_を一錠下さい」」
担当医「デパスなんてなんの効果もないよ」
私はパニックの限界で診察室を出ました。
心配した父もきてくれてました。
別れた父と母が私の為に会っている……

そのまま奈良にむかいました。私は彼と話をしたいと家に帰りました。
「入院して元気私を見せるからつきあっててあなたが必要なの」」
彼は「俺もどうしたらいいかわからない」

私は彼の為に作った朝食と昼食を皿ごとすて彼の目の前で二人の思い出の写真を破りました。

カッターをとりだし「別れたんだからなにしてもいいでしょ!!事故で死ねたらこんなつらくならずにすんだのに」
彼は私からカッターを奪い取りました。
パニックはおさまりません。


通っていた心療内科に父と母がいってきてくれました。
私は母に抱き着きなきじゃくります。
父は彼へ説得です。

私は「今夜はここでひとりでねたい」だだをこねました。片付けをして死ぬ気だったのです。
でもやっぱり大阪に強制送還です。
お酒の力でをかりて姉の家でねむりました。
朝かかりつけね医者に電話し入院先は昨日運ばれたとこです。
携帯禁止ですがみなさんに伝えたくてこのblogをかいてます。
まだパニックがおさまりません。
前向きになれません。死にたいです。

退院をした後彼と住める保障はありません。病院にいても苦しくてたまらない。

あいまいな部分はミルクこと私の母のコメントをみてください。
posted by donguri_mt at 22:43| 奈良 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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