2006年09月21日

秋晴れなのに・・・

やっぱり、まだ外に出れない。
ひどい頭痛が襲ってくる。
でも、買い物にいかなきゃ。冷蔵庫の中が空っぽになっちゃった。

昼過ぎ。目覚めて、ブログを書いて・・・っとした後ふと涙が出てきた。
耐えれなくて、みるきぃにヘルプを出してしまった。
誰かの声が聞きたかった。

ODをしてから、胃薬以外は彼が持っています。
私の爆弾は処理できていなかったよう。
今頃、彼が薬を持っていなかったら・・・・
電話を切った後、隣のお家から赤ちゃんの泣き声がした。
目をつぶってたら、目の前でずっと泣いてる赤ちゃんがいっぱい出てくる。
何もできない自分がそこにいる。。。
そんな夢をこのごろ毎日見ている。
赤ちゃんの霊でもいるのかもしれないね。この家には。
ずっと子供が欲しいって思ってるのに身体がそうならないからかもしれない。
そのとき、無意識のうちに、胃薬を全部飲んでた。
頭が痛くて、市販の頭痛薬を一生懸命に探してた。
幸いにも、我が家の頭痛薬は、頭痛持ちの彼が常備していたようで、一錠も無かった。
そして、ふと我にかえった。
もし、頭痛薬が一箱この家にあったら・・・・
私は全部飲み干して、また大泣きして倒れてたんだろうな。
また彼は「重症だ」って思って家の扉をあけたんだろうな。
もしくは、そのまま原チャで出掛けて事故になってたかもしれない。
そう思うとホントに怖い。馬鹿だ。。
だんだん一人でこうやっているのが怖くなってきてる。
例え薬が無くても、他の方法で自分を傷つけてしまいそうで。
この家は幸せな家です。
引越しは後悔してないし、実家にいたら今頃肝臓おかしくなってただろうね。20歳でアル中間違いないよ。
だから、彼が一緒にいてくれて、監督下にあるから、それは免れている。
それでも、彼が居なくなると私は爆弾を爆発しはじめてしまう。
お昼からお酒を飲んじゃったり、ダメなのにタバコを吸ってしまう。
その度に彼の顔が浮かんで情けなくて涙が止まらない。
でも毎日その繰り返しを歩いている・・・
一人になっちゃいけない。。
だから仕事にもいかなきゃいけない。。
そうすれば、こんな寂しい悔しい思いはしなくて済む。
なのに・・・・・・・・
仕事を探す気になれないで居る。
今の頭じゃ何にもできないような気がする。
本当に自分が情けない。

ここに書いてあることを病院の先生に見せれたらどんなに楽だろうか。
どうしても、面と向かって話すとなると何を話していいのかわからなくなる。
まだ心が開けていないんだろうな。
メールでは彼にも色々いえるのに、いざ帰ってくると何も話せなくなる。
「話さなきゃ」「伝えなきゃ」っと思うと余計に口が開かなくなってくる。
不思議と彼の前だと泣けなかったりする。

みるきぃやジェニー、milkと話してるとそれだけでこみ上げてくるのに。
ゅぃさんやnamaさんのコメントをみるだけで涙が溢れるのに。
たくさんの支えがあるのに、その支えを上手く使いこなせない。
そんな自分に苛立っているのもよーくわかってきてる。
そんなに自分を責めても何も変わらないのにね。

リストカットをする人は、自分の存在や、価値がわからなくなって、
知りたくなってやるんだと思う。
死んでしまっては、答えが見えないから、死ぬ直前で辞めておく。
そして周りの誰かが「やめて、あなたの命はたいせつなものだよ」
っと言ってくれるのを待っている。
その時言葉という「形になった自分の命の価値」を感じる。
でも長続きしないから、またその価値をさがしてしまう。
形は違うけど私もそう思っているのだと思う。
ODをして、倒れて、自分の価値を探してしまう。
探さなくても私も、この世に生きるものすべてに「命の価値」はあるんだけど、なかなか形にならないから、中にはもがく人がいるんだろう。
その一人が私。
自分の頭の中でそうやって解決までしてもまだ満足いかないのはなんでかな。
悔しいな・・・

20歳の私ですら立つことができないこの病気との闘い。
でも、本を読むと小学生でうつ病の子もいる。
うつに限らず、不登校の子の心は今の私よりも苦しいものにまとわれているんじゃないかな。
ジェニーも不登校だった。きっと小学3年生のあの日、どんなけ心が痛かったのかと思うと何もしてあげれなかった自分がホントに情けないな。
なぜか、ジェニーの心の叫びにはいつも敏感だった。
一番仲良くって、大好きなおねぇちゃんだったから苦しんでいるのが見れなかったんだろうな。
その苦しみを解らない学校の先生にひどく苛立った。
「学校にいきたくないなら、いかなくていいんだよ」っと言われ私は育ってきた。
私が不登校になる頃には、父も反発する元気をなくしてた。
きっと、母は夜にでも父から責められてたと思う。
「お前の育て方が悪い」ってね。
私は良い育て方をされたと思う。
友達が行きたくも無い学校に親の言いなりになって行っている。
そこに夢も希望も無い。
そんな場所に行くのなら、夢や希望が詰まった自分の道を
自分の責任で進むべきなんだと思うな。

世の中には色んなドラマがある。
笑ったり、泣いたり、悔しかったり、喜んだり・・・
一人一人の一日が24時間ドラマになる。
そう思うと生きてることが素晴らしいって思うね。

いつか自分の子供ができたら、「あなたの命はとても大切だよ」っと
毎日言ってあげたい。
苦しいときに素直に「苦しいよ」って言える環境を作ってあげたい。

今、心の病気で苦しむ人と直接話をしたいと思っている。
何か支援団体とかないかなぁって探してみるけど、なかなか見つからない。
「小学校の保健室」の様な場所でも良い。
自分も苦しいけど、もっと苦しい人もいるはず。
私みたいにはけ口が見つからなくて、一人でもがいている人もいるはず。
そんな人たちと面と向かって話し合えたら泣いて笑える気がする。
心の病気に悩む誰かが、少し笑ってくれたら私もたくさん笑顔になれる気がする。
誰かの笑顔が私の笑顔に結びつく。
私の笑顔が誰かの笑顔に結びつく。
そんな空間に行きたい。


すごく内容がぐちゃぐちゃの日記になってしまいました。
でも書いてちょっとスッキリした。
明日は病院だ。
このブログを印刷する勇気を出そうか・・・どうしようか。
milkの言うとおり主治医と向かい合うためには大切な私の心がここには書いてある。素直なままに。


dear ゆいさん

本当に、毎日寝込んじゃってるパートナーを見て「ずっと笑って応援して!!」なんてどんなけ体力があってもできないですよね。
だから、私やゅぃさんはできる限り、笑顔のときは「笑顔」でいなきゃいけないんですね。
苦しいときは苦しい。嬉しい時は嬉しい。
そんな気持ちをぶつけ合えるのがベストパートナーですね。
そんなベストパートナーにお互いのお家がなるといいですね★
posted by donguri_mt at 18:07| 奈良 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は今は27歳で、うつ病と診断されてからはもう2年半も経っていて、初めの頃と比べたらかなり落ち着いている状態ですが、この日記を見て、昔の自分を思い出しました。
外に出られない、自分で「やらなきゃ」と思っていることが出来ない、自分の状態を人に伝えられない、自分に苛苛する・・・辛いですよね・・・。
しかもD_mtさん、今まだ20歳だったんですね・・・。
私20歳の頃なんて、親の金で学校通って、バイトとか好きなことばかりやってる学生で、本当何にも考えてませんでした。
まだ20歳なのに、パートナーのこととか、子供を産む事とか、働くこととか、病気のこととか・・・色々考えていることがすごく偉いと思います。
涙が出ました。
D_mtさんも判っていることだと思うから、あまり人からは言われたくないかもしれないけれども、
先生に自分の「あるがまま」を話して、先生の処方どおりの薬をキチンと飲むこと、それが回復への近道です。って、私は勤めてた会社の事務さんで、私より病気のキャリアの長い、でも確実に回復に向かっている先輩から言われました。
私は痛いのが嫌いだから、胃を痛くしたくないからODはしようとしたことはあるけどしないし、リスカも痛いからしたくない。14階に住んでて、ベランダから飛び降りたくなったことはあるけど、リスカより痛いだろうし家族や彼氏が悲しむと思ったら出来なかった。単純でしょ。
こんな単純さがD_mtさんにもあったらいいなあと思います(笑)。
あと私のブログで薬を飲む量調節できることはいいって、言ってくれたけど、本当は出来てないと思います。ODはしないけどお酒飲んで寝ちゃって薬飲み忘れたり、食欲なくなって食事とらずに薬も一緒に摂らなくなっちゃって具合が悪くなったり、ちゃんと薬飲んでたはずなのになぜか余ってたり・・・。
そんな私が時間はかかっているけどだんだん落ち着いてきているんだから、D_mtさんも大丈夫!
なんかよく判らないかもしれないけれど、一応励ましているつもりです(^^)。
Posted by nama at 2006年09月22日 15:40
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